あなたのその義歯は夜は外して寝た方がいいのか否か?
よく患者さんから「先生、今回作っていただいた義歯は、夜は口から外して水につけておく方がいいのでしょうか?」とご質問を受けます。
結論から言いますと、ケースバイケースで、その方の義歯の大きさや歯のない場所によって決まります。
残っている歯と当たらないなら着けた方が良い
たとえば上か下にご自分の残っている歯が少なく、入れ歯を入ずにかんだ時にすれ違って全く当たらない場合には、義歯をつけないではずして寝てもあまり関係ないのです。
前歯(前から数えて3番目の犬歯までのことを指します)は奥歯に比べて、根の形態が1本であるために、そもそも物をかみ切るなどの役割が主です。
それに対して奥歯は1本の歯でも根の形態は、2本、3本、4本と様々です。つまり、上からの力に対して奥歯はもともと耐えることのできる構造をしています。
もし残された奥歯が少ないうえに、前歯同士が上下数本だけでかみ合っている場合には、夜間寝るときにもぜひ義歯を入れて寝ていただきたいのです。
着けて寝てもらいたい理由
それは、残された前歯が夜間歯ぎしりや嚥下等の無意識に口を閉じて噛み合わせた場合に、都度残された少ない前歯のみ強く当たり続ける結果、歯周病が進行しやすくなったり、歯の移動が生じてきたりと、いろいろな不都合が生じてくる危険性があるからです。
奥歯が少なく前歯が残っている上顎の例
噛み合わせたときに、奥歯の支えが少ない場合の例(正面)
この場合、前歯1本だけが夜間大きな力にさらされていることになります
ちょっと専門的な内容
ここから先はすこしばかり学問的な話になりますが、ご自身が現状入れ歯が入っていてその現状の口腔内環境が上下合わせてどうなっているのか、はっきりとお知りになりたい方はぜひご理解いただきたいのでご説明させていただくことにします。
実は人は前歯で噛みついて奥歯で食べ物をかみ砕き、咀嚼して嚥下して食物を食べて生きています。その際、かみつくことはさておき、噛んで食べるということの基本は奥歯(小臼歯と大臼歯)を上下すり合わせる行為です。
見た目的には前歯はとても重要ではありますが、生きていく上ではむしろ奥歯はもっと重要で、噛めない限り食事ができないのです。生きるためにどうしても物を粉々にして食道へ送り込む必要があるのです。
そういった奥歯の噛み合わせの上下の歯のあるなしのパターン分類の観点からも、理論づけをする必要が学問上生まれて来るのは当然といえましょう。
アイヒナー分類
それを最初に理論づけしたのは残念ながら日本人ではなく、ドイツのベルリン自由大学の教授のアイヒナー博士でした。
アイヒナーの分類と呼ばれる有名な分類は、奥歯の咬合の支持域がどれくらいあるのか、による分類です。アイヒナーの分類は、私どもの受ける歯科医師国家試験のなかにも、まだたまに出題されることのある、結構有名な分類法です。
アイヒナーの分類はあくまで、現在残っている自分の歯の上下の咬合接触状態がどうであるかといった分類のことです。
上下の咬合接触の多い順にA,B,Cと3つのタイプに大まかに分類され、さらに細かくA1、A2、A3、B1、B2、B3、B4、C1、C2、C3と枝分かれします。人が失う歯の場所はいろいろなバリエーションがあるために、分類したとしても実際の臨床例はほぼ無数と言っていいほど多岐に及びます。
アイヒナー分類でBの方はつけて寝た方が良い
先ほどから、出てきた、夜は外した方がいい義歯の口腔内の方は、この中の、アイヒナー分類のBに相当する咬合状態の方ということになります。小臼歯の上下の咬合支持域が左右に2つ、大臼歯の上下の咬合支持域が左右に2つある。なので、口の中全体で考えた場合、
- 臼歯部の咬合支持が1つないパターンがB1
- 臼歯部の咬合支持が2つないパターンがB2
- 臼歯部の咬合支持が3つないパターンがB3
- 臼歯部の咬合支持が4つないパターンがB4
そして、すべての上下の歯の対咬関係(入れ歯を外した時にあたる歯)が全くないのがCタイプとよばれるものです。
A分類の噛み合わせの方は基本的に上下の噛みあう臼歯がそれなりにある方な。なので、義歯を外しても外さなくてもあまり問題は生じません。
一方Cタイプの方は歯の全くない人(無歯顎)の場合が多いのですが、必ずしもそれだけとは限らず、たとえば上には前歯だけが残っていて奥歯はなく、一方向かい合っている下の歯には前歯がなく奥歯だけ残っている、といったいわゆるすれ違い咬合と呼ばれるパターンの方もいます。必ずしもCタイプの方がすべて歯のない方かという意味ではありません。
上は前歯だけで奥歯がなく、下は前歯がなく奥歯があるすれ違い咬合のパターンの例 アイヒナー分類のCパターン
上の上顎咬合面観
奥歯は小臼歯も大臼歯も全部揃っている下側咬合面観
話を元に戻して、先ほどの夜間入れ歯を外さずにつけて寝た方がいい方の咬合分類はアイヒナー分類のBの咬合状態の方ということになります。さらに言うならB1よりB2 B2よりB3、B3よりB4にいくにつれて夜間はつけて寝た方が安全である人たちとなります。
アイヒナー分類でAの方は入れても入れなくても残っている歯への負担は変わらないし、C分類の咬合状態のかたは、そもそも上下がかみ合っていない。なので、夜間間違って食いしばっても残っている歯同士が接触することはない。なので、残っている歯への力による負荷が起こらないために義歯を入れても入れなくてもよいということになります。
ご自身で夜間入れ歯を入れておいた方がいいのか否か、判断が難しい場合は、ご担当の先生にご自身の噛み合わせではどうかお聞きになるとよろしいかと思います。
歯の治療は、一般的な内科治療などと少し違いがあります。それは「同じ箇所の治療でも、やり方がたくさんある」ということ。例えば、1つの虫歯を治すだけでも「治療方法」「使う材料」「制作方法」がたくさんあります。選択を誤ると、思わぬ苦労や想像していなかった悩みを抱えてしまうことも、少なくありません。
当院では、みなさまに安心と満足の生活を得て頂くことを目標に、皆様の立場に立った治療を心がけています。お気軽にお越し下さい。