今回は、私たちの笑顔の根底にある 歯並びと噛み合わせ に焦点を当て、見逃してはいけないその危険性と対策について深堀します。
あなたは、ご自分の歯並びや噛み合わせについて、気にされたことありますか?
ハリウッドスターや歴史に名を残すアメリカ大統領たちの完璧な笑顔、憧れますよね?
でも実は見た目以上に重要なのが嚙み合わせの健康です。
勿論、歯並びも かみ合わせも、良いにこしたことはありません。
但し、歯科医師の立場からは、歯並びと噛み合わせ、どっちの方がより大切かというと、断然噛み合わせの方なんです。
今回はその理由とあなたが今日からできる改善策を共有します
自信を持って「私の歯並びは悪くない」と思っている方も多いかもしれません。
とはいえ、多くの人が気づいていない「噛み合わせのバランス」の問題を抱えています。
表面上は問題なさそうに見えても、実は隠れたリスクが潜んでいるんです。
この隠れた危険性は、見つけにくく、長期間放置されがちな悪い噛み合わせによって引き起こされます。
しかし、心配はご無用です。
最新の研究と論文を基に、このリスクとその簡単な対策について詳しくお伝えします。
見た目の矯正には興味がない、という方でも、今回の情報は非常に重要です。
なぜなら、長期的にあなたの歯を健康に保つための知識として、きっとお役に立つ
ことができるからです。
どんなに歯並びが良いと自負していても、噛み合わせの問題は誰にでも影響を及ぼす
可能性があります。
今後安全にあなたの歯を維持していただくうえでもぜひ最後までご覧いただければ幸いです。
【歯並びと噛み合わせの基本知識】
歯並びと嚙み合わせってそもそもどう違うんですか?と思っている方、
もしかして結構いらっしゃるかもしれませんよね。
そこで、ちょっとだけ先に簡単にその違いをご説明しておきます。
美しい歯並びは、上顎と下顎の歯が整然と並んでおり、隣り合う歯が重なったり、隙間があったり、ねじれたり、傾いたりせず、U字型に整っている状態を指します。
この理想の並びは、歯列のバランスと調和を体現しています。
しかし、美しい歯並びだけでは十分ではないんです。
もう一つ重要な側面があります。それが「噛み合わせ」です。
噛み合わせは、単に歯列を見て理解できるものではありません。
これは、咀嚼する際に上下の歯がどのように接触し、どの部分で力を分配しているかに関するものだからなんです。
言い換えれば、歯並びが「見た目」を指すのに対し、噛み合わせは上下の歯の接触位置という「機能」に深く関わっています。
美しい歯並びは確かに重要です。
ただ、噛み合わせの正確さは長期的な歯の健康においてさらに重要な役割を果たします。
噛み合わせは目に見えない力に関わるため、外から見ただけでは良好な噛み合わせかどうかその質を判断するのが難しいんです。
この見た目だけではない嚙み合わせのことを深く知ることで、私たちは歯の健康と機能性を維持できる新たな視点を持つことができるようになります。
【噛み合わせが引き起こすリスクとは】
先に触れたように、なぜ噛み合わせが歯並び以上に重要なのか、その理由に再び焦点を当てていきましょう。
悪い噛み合わせを放置すると、よく言われるのは頭痛や顎の痛み、さらには消化不良にもつながる可能性があります。
しかし、これらの問題は氷山の一角に過ぎません。
日々、様々な患者さんの口の中を診察している私たち歯科医師が目の当たりにするのは、噛み合わせの問題が原因で、同じ箇所を繰り返し治療しなければならない人があまりにも多いという事実なんです。
この現象は、あえて患者さんにはお伝えしていないかもしれません。
でも長期間にわたり同じ患者さんを診てきた歯科医師ならば、どなたも経験的に理解していることの一つだと思います。
特に注目してほしいのは、中年以降に発生する歯の問題が、必ずしもその方の不適切な口腔ケアだけに起因するわけではないという点です。
実は、以前から存在する小さな噛み合わせの問題が根本原因である可能性が高いのです。
つまり、表面的な問題よりも深いところに原因が潜んでいることを意味しています。
審美矯正と機能矯正
歯科治療には大きく分けて4つの主要な治療分野が存在します:
保存治療(虫歯や歯周病の治療)、補綴治療(入れ歯やかぶせ物)、口腔外科治療(インプラントや親知らずの抜歯)、そして矯正治療(歯並びや噛み合わせの修正)。
しばしば、矯正治療は見た目を美しくすること、例えばガタガタの歯並びや出っ歯を治す審美目的の治療だけとみなされがちです。
このため、多くの人は矯正治療を時間と費用がかかる特別な分野と捉えがちです。
だから見た目に大きな問題がなければ関心を持たない方も多いようです。
しかし、矯正治療は単に見た目を改善することだけではありません。
実は、歯の噛み合わせのバランスを調整し、咀嚼機能を向上させることで、歯にかかる負担を減少させる、機能的な目的を持つ歯への予防効果も含まれています。
人間の歯は、食事をする時はもちろん、睡眠中や考え事をしている時にも、無意識のうちに歯ぎしりや食いしばりを行い、絶えず使用され続けています。
こうした常時の顎の活動するたびに、噛み合わせの質の善し悪しが歯への影響を与え続けています。
そのため、生涯にわたって歯を健康に保つためには、単に見た目が良いこと以上に、良好な噛み合わせを持つことが非常に重要です。
良い噛み合わせは、長期的な口腔健康を維持する上で大きな利点をもたらします。
【どんな嚙み合わせが安全な噛み合わせか】
よい噛み合わせとは、人が物を噛んで咀嚼する際に、すべての前歯と奥歯に、無理な力がかかることなく、それでいてすべての歯がしっかりと機能して連携が取れている状態のことなんです。
この連携のとれた、というところがとても重要なんです。
ヒトの歯は前歯と奥歯と2つに大きく分けられています。
ヒトの口の中の上下の歯は、前から3番目の糸切り歯と呼ばれる、犬歯までの6本をすべて前歯と呼んでいます。
正面の2本だけが前歯なのではなく、両脇の犬歯まで含めた6本上下合わせて12本すべてが前歯の領域なんです。
それより後ろにある左右4本合計8本づつが、上下で16本(親知らず入れると20本)が奥歯の領域となります。
さあ、あなたの噛み合わせはどうでしょうか?
「私には前歯も奥歯もそろってますし、別に普通に噛めてますけど・・・」といった単純なことを言っているのではありませんよ。
顎を前後左右に動かして咀嚼するとき前歯の領域と奥歯の領域、2つの働き方、ぶつかり方は全然違います。
その時の前歯の領域と奥歯の領域が、お互いうまく作業分担して連携して咀嚼ができているか?ということがとても大切になってきます。
たくさん歯があるので多少咀嚼に参加していない歯があっても問題ないだろうと思ってはいませんか?
どの歯にも必ず役割分担があるので、噛めてるからと言って特定の歯や場所ばかり使いすぎると、必ずその部分の歯はいつか疲労し始めます。
噛み合わせは噛みあう歯の形態と噛みあう歯にかかる力の強さ この二つの要素に強く影響を受けます。
歯と歯がぶつかったときにうまくかみ合っていないと噛んだ食べ物が粉れにくく、無意識に無理な力をかけるので歯への負担がかかりすぎて、トラブルが起きやすくなることもあります。
かぶせ物の形態が解剖学的な形態でなく手抜きされたのっぺりとした形態だと、よく切れない包丁でトマトを切ろうとしてもキレないのと同じです。
食べたものが粉れにくく歯への負担も余分にかかってしまうことになります。
歯科技工士さんが手間をかけて丁寧に調整して作られたかぶせ物は大量生産的に機械で作られただけのかぶせ物と比べて、形態は当然良いです。
噛み心地が良く、歯への負担がかかりにくく結果的に長持ちするのはかぶせ物の素材の違い以上にそのことが影響している可能性が高いからです。
歯の動きに合わせて上と下の歯が噛みあうときにその咬合面が邪魔にならない丁度良く噛みあう形態に歯科技工士さんたちが細かく手を加えて調整をして作ってくれているからなんです。
歯の形態の善し悪しは、強い噛み合わせの力が加わる場所では特にその重要度は高くなります。
また、咀嚼しやすい位置に歯が並んでいないと咀嚼時の各歯牙への力の配分とバランスにも影響が出て、結果的に別の歯が偏った力を受けることにもなるわけです。
職場でも同じような状況、見かけませんか?
みんなで分担してやるべき仕事を、一部の人がさぼってるために、出来る人が結局一人で抱えて頑張りすぎて、そのうち無理しすぎてその人が疲弊してメンタルもやられて・・・やがて人嫌いになって鬱になって・・・と、そういうことありそうですよね。それと同じような感じです。
【噛み合わせの基本知識】
では実際に、かみ合わせがイイとか悪いとか言っても、何を基準に判断しているのかわかりにくいですよね。
そこで最初に基準となる良いかみ合わせというのがどういった噛み合わせなのかを簡単にご説明させていただきます。
噛み合わせの分類は、古典的なエドワード・アングルによって提唱された「アングルの分類」が矯正治療では一般的なのでここでもそれをもとにご説明します。
まず、ヒトの噛み合わせは、単純に分けてしまうと、上の顎に対して下の顎が後ろに行きすぎているか、前に行きすぎているかということなんです。
ただ前とか後とか言っても、どこを基準に判断すればよいかわからないので、
奥歯の永久歯で一番大きな歯で6歳前後の時に最初にはえてくる上下の第1大臼歯の位置を基準としてその上下の前後的な位置関係で噛み合わせを判断するというものです。
クラス1の噛み合わせ
上顎の第1大臼歯の位置に対して、下顎の第1大臼歯が半分くらい前の位置
にあるかみ合わせをクラス1と呼んでいます。
具体的には、第1大臼歯の模型で見ていただくと分かります。
上顎の第一大臼歯の咬頭が下顎の第一大臼歯の咬頭と呼ばれる歯の凸凹2つの山よりも半分くらい後方に位置し、それぞれの咬頭が緊密に重なり合う形で噛み合った状態です。
左側は頬側からの咬合状態 右側は内側からの咬合状態を示しています
クラス1のかみ合わせでは上下の第1大臼歯は解剖学的な咬頭と呼ばれる凹凸の形態同士がほぼ完ぺきにガチっと噛みあっていて、3点以上で支えられて安定して噛みあっています。
この写真は、第1大臼歯の模型の歯を上下一級関係で噛ませた状態です。
まさに自然が作り上げた芸術と言っていいほど見事に緊密に噛み合っています。
もしこの位置が少し前とか後とかになってしまうともうガチっと安定したところでは噛みあって咬合することはできないんです。
これは実際の下顎第1大臼歯の歯の拡大写真です。
歯の形態は必ず決まった形で生えてきます。
咬む位置に応じて歯の形態は変化してくれませんから、噛み合わせの位置がずれて生えてくれば、上と下の歯は一級関係の噛み合わせのように安定した位置では噛めなくなります。
どっかの豊隆が適当な凹凸とぶつかった適当な部分であたっているだけとなります。
そうなると最大限ガチッと安定したかみ合わせにはならずに不安定なかみ合わせになります。
だから安定した嚙み合わせのためにはどうしてもこのクラス1の上下関係が必要となるわけです。
しかもクラス1の位置なら上顎の犬歯が下顎の犬歯と第一小臼歯の間に並ぶので、下顎が噛んだときに効果的に上の犬歯の内面に沿って下顎の前歯のガイド役となります。
ちょうどよい噛み合わせの誘導路として歯の通り道を提供できる場所に奥歯から順番に小臼歯、犬歯の順に並ぶことができるわけです。
ここわかりにくいと思いますので、もっとわかりやすくご説明します。上の前歯半分の裏側の面(赤い星マークをつけた3本)が飛行場 の滑走路で下の前歯(矢印マークをつけた3本)が着陸しようとする飛行機だと思ってみてください。
下顎を閉じる際に、上の前歯裏側の面が飛行場の滑走路のようになっており、飛行機である下の前歯が着陸していく際の水先案内人のように働いてくれることになるわけなんです。
もし、上顎前歯の裏側の滑走路がないと、閉じてきた下の前歯はどこを頼りに着陸していいのか(つまり噛んでいいのか)わからなくなります。
結果、とりあえず噛んでしまえ・・・となって、ドスンと着陸してしまうことになります。
そうなるとそれが奥歯への大きな衝撃となって負担がかかりすぎることになってしまうわけです。
上顎の前歯がそこにあれば、そんな動きは回避されます。
自然とは本当に素晴らしい仕組みだと感じさせられますよね。
クラス1の咬合で前歯と奥歯が連携されて力のかかりすぎを分散させることに成功し、見事にこの複雑な咀嚼システムのバランスを作り上げているわけです。
クラスⅡの噛み合わせ
次に、クラス1の上顎の第1大臼歯との位置が、下顎の第1大臼歯の後ろにいってしまっているか、上顎が前方に突出してしまっている嚙み合わせをクラスⅡと呼んでいます。
クラスⅡでは相対的に下の顎の位置は後ろなので、見た目どうしても上の方が突出した感じが強調されやすいかみ合わせとなります。
この突出感は人種によっても違いがあります。
我々モンゴロイド系の骨格は欧米のアングロサクソン系と比べると、もともと前後的突出感のやや強い骨格となっています。
クラスⅢの噛み合わせ
また、下顎の第1大臼歯の位置が前方に突出しているか、上顎の第1大臼歯が後退している状態をクラスⅢと呼び、反対咬合とも呼んでいます。
いわゆるしゃくれた顎とか言われる受け口タイプの噛み合わせです。
アントニオ猪木さんなんかはこのタイプですよね。
横に顎偏位の噛み合わせ
このアングルの3分類に加えて、さらに4番目として、上下の顎が、横にずれている場合を顎偏位と呼んでいます。
(顎偏位の例の写真)
この模型の状態は下顎が左側にずれているので、左側顎偏位と呼びます。
実際の臨床ではこれら4つが複合形態となっていて、不正咬合と呼ばれる悪い噛みあわせのバリエーションは、ほぼ無限にあります。
悪いかみ合わせが長期的に危険な理由
悪いかみ合わせの典型として、クラスⅢの反対咬合と言われる受け口の人とクラスⅡオープンバイトである開口の人がいます。
では、なぜその2つのかみ合わせが長期的には不利で危険と言われるのか?
実はそれを裏付ける統計的な報告書は、出されており、前回の動画でも
ご紹介させていただきました。
「8020達成者(80歳で残っている歯が20本以上の方)の口腔内模型 および頭部X線規格写真分析結果 について 」という2001年に出された東京歯科大学歯科矯正学教室 と千葉市歯科医師会の共同調査統計報告がその一つです
80歳になっても歯が25本以上残っていて、お元気な方のかみ合わせの状態がどうであったのかを調べた報告書です。
その結果が、全員 反対咬合とオープンバイトの人は一人もいなかったということなんです。つまり80歳過ぎて、いつまでも自分の歯を失わずに元気でいたいのであれば、反対咬合やオープンバイトのように犬歯を含めた前歯が機能していない噛み合わせの人は、若いうちに早めにそのかみ合わせは治しておかれた方が後々有利だということなんです。
危険なかみ合わせの理由の正体とは
ただ、ここで、一つ大きな疑問が浮かびます。
反対咬合とオープンバイトの人がなぜ将来歯を失いやすい危険なかみ合わせかその危険な理由の正体とは何なのかということです。
実はそれが今回の動画のテーマでもあります。
ズバリその理由の答えを先に言ってしまうと、前歯と奥歯の連携が取れていない、
噛む力のコントロールができていない嚙み合わせだからという事なんです。
まず反対咬合とオープンバイトの噛み合わせに共通している事実を観察してみましょう。
受け口と開口のかみ合わせの人は、たとえ歯並びだけ上下きれいにそろっていても、下の顎をどう動かしても下の前歯は決して上顎の前歯に当たることがないかみ合わせです。
この2つの噛み合わせにはともにそもそも前歯が噛んでいないので、最初から
前歯と奥歯の連携は取れていないかみ合わせとなっています。
では、前歯と奥歯の連携が取れたかみ合わせがなぜ長期的に安全で、役割分担ができていない噛み合わせがなぜ不利なのか?先ほどクラス1の噛み合わせのところでも少しお話ししましたが、前歯のガイドがないと滑走路がないのと同じになってしまうので、下顎が閉じるときにかなり大きな力が奥歯にかかりすぎてしまう危険があるということになります。
ただ、大きな力がかかるからと言っても力は見えない存在なので何か釈然としませんよね。このかみ合わせの方は、きっとご自分でもわからないと思います。
もし大きな力で噛むなら必ず脳がコントロールしているはずです。
脳のどこの部分が噛み合わせをコントロールしているのか
このことを裏付けるもっとしっかりとしたエビデンスがもっと報告されてこないかなと、
これまで出された論文を長い間さがしてきました。
歯の噛み合わせの強弱のコントロールを脳のどこがしているのかという研究論文です。
その疑問が今回ご紹介する研究論文で、ついにはっきりと検証されたんです。
ここでご紹介するのは2019年10月にnatureという雑誌に投稿された論文で、2020年6月には日本矯正歯科学会の学術奨励賞も受賞した素晴らしい論文です。
東京医科歯科大学の矯正学教室と、国立精神神経医療センター、群馬大学医学部の3か所の共同研究論文です
「 臼歯および前歯咬合時における咀嚼筋活動と相関する脳賦活パターンの差異について」
という内容で出された論文です。
この研究では、まず人間が食べ物をかむ時に使う前歯(切歯)と奥歯(臼歯)が、それぞれどのように脳を活動させるかを調べました。
15人の健康な人たちに特別な装置を使って、ゆっくりとしたペースで軽く、普通、そして強く噛む実験をしてもらいました。
この時、脳の血流画像を撮る機械(fMRI)と、噛む力を測る筋電計(EMG)を同時に使って、噛む力の違いが脳にどう影響するかを調べたんです。
研究の結果、奥歯で強く噛む時には、脳の運動に関する部分(具体的には一次感覚運動野と小脳)がより活発になることがわかりました。これは、力強い咀嚼が可能になるように脳が指令を出していることを意味します。
一方、前歯で噛む時には、噛む力を減らすと脳の特定の部位(具体的には、帯状皮質運動野,上前頭回、大脳基底核)がより活発になったので、これは細かい動作の制御を可能にすることを意味します。
つまり、この研究は、私たちが食べ物を噛む時に使う前歯と奥歯が、それぞれ異なる脳の部位を使って、食べ物を処理するための特別な方法を持っていることを示しています。
前歯はより繊細な咬み切りや切断のために、奥歯はより力強い咀嚼のために、脳の別の場所が適切に指令を出していることになります。
実はこの研究の発表される前に、過去すでに、ものを噛むということの代わりに
ものをつかむという行為をする際に、しっかりと力強くつかむのと指先で繊細につまむのとで、どの脳のどの部分を使っているのかという実験があり、論文として既に報告されていました。
例えば、あなたが何か手で物をつかむとき例えば重たいバッグを持つときには、指全部を使って力強く握るようにしてつかむでしょう。
これをパワーグリップ(B)と呼びます。一方、繊細なものに触れたりつまんだりする
時には、そっと親指と人差し指を使ってつまんだり、触れたりするようにしてつかむ場合もあるでしょう。そのことをここではPrecision gripと呼びます。(A)
このように物を捉える際に、異なる2種類の指令で使われる脳の活動する
場所は、それぞれちがうということが既に研究でわかっています。
この報告は、すでに2000年のスウェーデンストックホルムのカロリンスカ研究所の神経科学部門とスウェーデンのウメオ大学の生理学教室の論文で報告されています。
そこにお示しするのは論文の中の図から拝借したものを掲載しています。
人差し指と親指でのPrecisionGrip とPowergripでは脳の活動パターンが異なるというものです。
ファンクショナルMRIを使って脳の活動状況を調べた実験結果です。
精密握りの時は右側の脳の特定の部分や両側の脳の前部と後部にある部分がより活発になります。左端と右端の列(赤で囲んである)がそうです
この領域は、指の動きを正確にコントロールするために、より複雑な感覚の処理が行われる場所です。
これに対してPowergripの時は、脳の特に左側の部分がより活動しており、より全体の指の力を強く握ることに重点が置かれている場所です。真ん中2つの列がそうです
実はこれと同じ脳の働き方が、奥歯と前歯で物を噛むときにも同様に使い分けがされている、というのが先に挙げた論文なんです。
上と下の歯が当たる際に、上顎の前歯の傾き具合の違いで咀嚼する際の運動サイクルが変わるという研究は既にありましたが、脳がどのように咬む力を制御しているかまでは言及していなかったんです。
それが、今回の研究では、奥歯で噛んだ時にはパワーグリップと同様に、強い力で噛むほどに力強く咀嚼する機能が、前歯で噛む時にはPrecision grip と同様に弱い力で噛むほど繊細な運動コントロール機能が作動するという可能性が示唆されたというのです。
奥歯でものを力強く噛むときに指令を出している脳の領域は、先ほどの手のひらで強くものをつかむパワーグリップの時に働いている脳の領域と同じだということです。
同様に前歯でものを噛むときには、先ほどの指の先で繊細に物をつまんだりするPrecision gripの際に働いている脳の領域と同じで繊細にコントロールできるという事なんです。
プリシージョングリップとパワーグリップの実例
このことをもっとわかりやすく実際の場面で具体例をあげてお示ししましょう。
あなたが、ここにある卵をつかもうとする際に、もし強く握りすぎると卵は割れてしまいますよね。そこで、あなたの脳は、卵を強くつかむと割れてしまうということが経験上わかっているので、卵をつかんで別の箱に移す際に無意識ながらも、力加減を
繊細に動かせる指先へ向けて脳が指令を出して制御してくれているからこそ、手で卵を割らずにつかめるわけです。
もし手のひらで強く卵を握りすぎると卵は割れてしまうからです。
今度はこの手で物をつかむ行為を口で物を噛むということに置き換えて考えてみましょう。
動物の例、ネコで考えてみます。よく子猫が巣から離れようとするのを、親猫が前歯を使って口でくわえて巣に戻している光景ご存じの方多いと思います。
この時、猫は人の様に手は使えないので口を使いますよね。
前歯で子猫の首根っこのあたりをくわえて運びますますよね。痛くないのかなと心配になります。この時噛む力のコントロールをしながら繊細にくわえて運んでやらないと、子猫の首を噛み切ってしまい危険ですよね。
要するに、この時前歯を使うことで先ほどのPrecisiongripの時のような繊細な力になるように脳が無意識にコントロールしてくれているわけです。
この時の力は前歯と奥歯の連携がとれており、力のコントロールされた 安全な力なんです。
今度はヒトの例で、あなたが食べ物を口に入れて食べようとする時のことを連想してみてください。
今、お皿の上に団子が何個かのっていて、どの団子もとてもおいしいけど一つだけとても
辛いのが入っています、・・・とう前情報が与えられているとしましょう。
あなたがその団子のどれか一つとって食べる時に、最初から口の奥に放り込んで突然奥歯で力強くバクバク食べようとしますか?
恐らく、どれか1つ辛いかもしれないという前情報があるので、自分の取った団子が辛くないかどうかを、まず前歯のほうで
そっとかじってから確かめながら食べますよね。そして、それを前歯と舌を使って確かめて辛くなくおいしい、と分かった瞬間に、奥歯の方に送り込んで力強くリズミカルに咀嚼が始まり、あとは自動的に咀嚼して飲み込む・・・という一連の作業をして食べているわけです。
ここで注目していただきたいのは、この一連の作業の中で最初に行う前歯の役割はとても繊細な作業で、この作業で使っている脳と、その後奥歯で力強くリズミカルにしっかりと噛んでるときに使っている脳の活動エリアは異なっているということなんです。
でもこの一連の動作はほとんど無意識かつ瞬時に行われています。反対咬合や開口が長期的に危険な理由これが、もし前歯がもともと積極的にかみ合わせに参加していない反対咬合やオープンバイトの噛み合わせの人だと、どうなると思いますか?
もちろん歯はあるので奥歯で食べることはできますが、問題はその食べ方です。
咀嚼する際に、最初に使えるべき前歯の繊細な指令がもともと働かないので、最初から強い力の奥歯で噛むという咀嚼サイクルが無意識に始まって咀嚼を始めてしまうことになります。
このような咀嚼方法が常態化しているのがこの前歯と奥歯の連携が取れていない噛み合わせの人たちなんです。
つまり、残念ながら繊細に物を把握する前歯と奥歯の関係が最初から破綻している噛み合わせの人は、歯をかみ合わせる際に噛み合わせの強弱のコントロールが安全にできていないリミッターの外れた状態でしかも本人は無意識に、かなり強すぎる力で咀嚼している可能性が高いと考えられます。
だから危険だと言われるわけです。
それが長期的に持続して続いていくことで普通の噛み合わせの人より歯や歯周組織にダメージを与え続けてしまう危険なかみ合わせとなっているわけです。
力の制御ができているかみ合わせ、できていないかみ合わせ
力の制御ができていない咀嚼で、歯がボディーブローのように毎回咀嚼するたびに当てられ続ければ、いくら強靭な歯であってもお手入れが行き届いた歯周組織であってもやがては疲弊していくのは当然でしょう。
ある日朝起きたら上の奥歯2本が痛いので診てほしいと言って来院された方を拝見すると、治療されていない健康な上顎の6番、7番の大臼歯に縦にひびが
入って、しまっているのが確認されました。
写真は上から穴を開けられて歯髄処置をする前に確認しているところの写真です。
力がかかりすぎたせいであることは明らかではありましたが、御本人的には
誰のせいなんだ・・と言いたくなりますよね。
反対咬合の人の咀嚼リズムと治療で反対咬合を治した後の人の咀嚼リズム
日本歯科矯正学会に1997年に投稿された日本歯科大学歯科矯正学教室から出された
「骨格性反対咬合者の咀嚼運動リズム」という論文によれば、反対咬合者の咀嚼運動リズムは正常な人の咀嚼運動リズムに比べて有意に長く不安定なリズムだったと報告しています。
さらに、その翌年には、反対咬合者10名のかみ合わせを、外科的に矯正して形態的に
かみ合わせを矯正治療した後は、咀嚼運動リズムも安定性も正常咬合者のレベルに回復することができたと報告しています。
要するに、矯正治療でクラスⅢの関係を正常なクラスⅠの関係に治したことで、以前のような不安定な食べ方ではなくなり、前歯と協調したかみ合わせで咀嚼リズムが効率的になったことで、結果的に早くしっかりと噛めるようになったということなのでしょう。
良い噛み合わせは咀嚼リズムが安定していて咀嚼力も安全な力の範囲内
勿論統計はとっていないのであくまで私の推論の域を超えませんが、もしかしたら一流のシェフや料理評論家の方の噛み合わせは、前歯と奥歯の連携がしっかりとできている噛み合わせの方のほうが多いかもしれません。
料理の味付けやレシピはその方の脳の中で繊細に構成されて作られますよね。
彼らにとって、前歯と奥歯が連携して咀嚼運動に参加していないと、食材の繊細な食感や味を前歯を使って吟味することができないので、脳の判断が鈍り、おいしい料理を作る際支障となるかもしれないからです。
前歯と奥歯の連携ができているかみ合わせの人は、そこに前歯があるという事をすでに脳が絶えず認識し続けてくれています。そのおかげで、無意識下でも、モノを噛んで咀嚼する際に、無理な力が奥歯にかかることはなく、日常、無意識レベルでも安全な力での咀嚼ができているということになるわけです。
歯を噛み合わせたり、歯ぎしりしたりするときに、歯を長持ちさせるためには犬歯を含めた前歯がガイドして機能してくれることは重要です。その時にはじめて噛む力を制御して、奥歯にかかる力を安全な範囲に弱めてくれます。
もし前歯の役割が機能していない噛み合わせだと、咀嚼時に奥歯にかなり大きな力がダイレクトにかかり続けるということになります。
絶えず必要以上に歯に大きな力がかかり続ければ、やがてそのまま中年以降に歯がすり減ったりひび割れたりして、そこから虫歯になったり、歯周病で歯をぐらぐらになる時期を早めてしまう危険があるわけです。
オープンバイトの方に多い中年以降の口腔内トラブル
当院に30年以上前から通院されているオープンバイトの方のレントゲン写真です。口腔内の清掃状態はさほど悪くない方です。
若いうちは問題なかったのに、やがて中高年以上になってくると、やたら奥歯のあちこちに歯科治療を受けられている割合が多くなって
きます。
ここで注目して見ていただきたいのは、前歯や犬歯はほぼ正常で過去から現在まで何の歯科治療もされていないのに対して、奥歯ほとんどと言っていいほどトラブルがあり治療を受けられきているということです。
レントゲン上で白く写っている奥歯のかぶせ物が上にも下にもたくさんあるのでお分かりいただけると思います。
口腔ケアがある程度良くできていれば、かみ合わせが多少悪くても、免疫力のあるうちは補綴治療だけでなんとか済んでいられます。
ところが、歳とともに、免疫力が衰えてきますと、今度は必ず歯周病の問題が加わるようになってきます。
一度かぶせ物で治したところはもうだめになりにくいと思っている方が、けっこう多いのですが、残念なことに一度治された歯は治されていない歯より丈夫ということは絶対にありません。
私たちの仕事の多くは、そういったかみ合わせの不具合から引き起こされているトラブルの後始末的な治療がかなり多いのかもしれません。噛み合わせの不備が原因で歯にトラブルが生じてそこを修復することになった場合、もし機能的なバランスの取れていない噛み合わせのまま、たそこにまた修復物やインプラントや義歯を入れるとどうなるでしょうか。
噛み合わせのひずみは奥歯に残ったままなので、長期的にはまた同じようにそこがダメになってしまうリスクは残ったままとなっているんです。
前歯と奥歯の連携作業ができたかみ合わせは安全な力配分となります。
そして人の咀嚼サイクルは調和のとれたものとなります。
だから噛みやすく安全で上品な噛み方が自然とできるわけです。
改善策と予防
予防歯科とは、単に口の中を清潔に保つことのみを意味するだけではありません。
調和の取れた良い噛み合わせ機能を保つことでもあるんです。
ですから、親御さんがそのことに気づかれて、若い頃早い段階で歯列矯正をする機会を与えてもらえたお子さんは、ある意味ラッキーだったのかもしれません。
でも大人になってからでも決して遅くはありません。
最近は昔と違ったいろいろな矯正手法も登場してきました。そして昔より治療のメカニクスも進んできました。
また補綴的に歯へのかぶせ物で形態を修正することで、矯正しなくても嚙み合わせ全体のバランスが取れるような形態に近づけることができる場合も少なくありません。
歳をとってから歯を失うリスクを減らすためには、なるべく若いうちにまず歯の噛み合わせのバランスを整えておく事がとても重要だということがお分かりいただけたでしょうか。
もし、現在、前歯と奥歯の連携がうまくできていない噛み合わせでありながらも、いまさら矯正治療まではちょっと・・・という方の場合はどうすればよいでしょうか。
そういった方は、是非、がつがつ食べるのではなく、上品にゆっくりと丁寧に噛んでください。しかもよく舌も使って味わって食事をしていただくという習慣を取り入れていただくと効果的です。
意識して口の前方領域で舌をよくつかって味わいながら左右の奥歯に回して静かに咀嚼されれば、安全な力で咀嚼をしていることにつながります。
その食べ方は、かみ合わせの良くない方であっても安全な食べ方で理にかなっているからです。
歯の噛み合わせの判断ポイント
歯並びと噛み合わせの話、いかがだったでしょうか。
ポイントを2つにまとめますと、
1 長期的に歯に負担のかからない嚙み合わせのためには、前歯と奥歯の連携が必要です。そのために有利なかみ合わせはクラス1で奥歯がしっかりと噛みあっていて前歯の被蓋関係のあるかみ合わせです。前歯同士が切端同士で当たるだけの噛み合わせでガイドがなかったり、反対咬合やオープンバイトなどの前歯が全く当たっていないかみ合わせは危険です。そのかみ合わせの方は無意識に噛んだ時に奥歯への力がかなり強くかかっていることを自覚して注意して咀嚼してください。
2.もしかみ合わせが悪い場合には、咀嚼する際に無理な力が歯に加わりにくいように、しましょう。具体的にはなるべく咀嚼する際同じ場所だけ使うようにせず、力のかけすぎに注意して意識してゆっくりと上品な咀嚼で食べる習慣をつけて食事しましょう
今日話したことで歯並びと噛み合わせの重要性について少しでも興味を持って
いただけたら幸いです。
美しい笑顔は健康な噛み合わせから
今日からできる一歩を踏み出しましょう
これで今回の話は終わりとなります。
最後までご清聴頂きありがとうございました。
歯の治療は、一般的な内科治療などと少し違いがあります。それは「同じ箇所の治療でも、やり方がたくさんある」ということ。例えば、1つの虫歯を治すだけでも「治療方法」「使う材料」「制作方法」がたくさんあります。選択を誤ると、思わぬ苦労や想像していなかった悩みを抱えてしまうことも、少なくありません。
当院では、みなさまに安心と満足の生活を得て頂くことを目標に、皆様の立場に立った治療を心がけています。お気軽にお越し下さい。