今回は、どこでも簡単にできて、一生役立つ口腔機能を整える3つの方法をお伝えします。
「口腔機能って何?」と思われる方もいるでしょう。今は普通に食べたり飲んだりできているし、定期的に歯医者でクリーニングも受けている。虫歯もなく問題ない、そう思っていませんか?しかし、そんな単純な話ではないのです。
実は、今回の話はお元気な方も含め、どの世代にも関わります。あなたの寿命に直結する、非常に重要な内容です。悪い歯並び、免疫不全、偏食、むせ、歯ぎしりの原因を解決できる話でもあります。
長生きするためには口腔機能低下予防が必要
歯の本数と寿命は関係ない
少し前に、100歳というご高齢でもお元気だった「きんさん」と「ぎんさん」というお二人がいらっしゃいましたよね。覚えている方も多いと思います。実は、きんさんもぎんさんも、歯はほとんどなく、入れ歯でした。
日本歯科医師会では「8020運動」というのをやっています。80歳を過ぎても20本以上の歯を維持していれば健康で長生きできるので、歯を大切にしましょうというスローガンです。
ところが、きんさんもぎんさんも、歯はほとんどないのに100歳でお元気。しかも頭もしっかりしていました。
歯があってもなくても寿命と関係ないじゃないか、と思いますよね。もちろん、歯がたくさん残っている方が有利かもしれません。でも、しっかりとした入れ歯を入れていれば問題ないのです。歯の本数と寿命は関係ないのです。
では、彼女たちが長生きされて、最後までお元気だった本当の理由は何だと思われますか?
長生きするためには口周りの強さが必要
長寿遺伝子の家系だったからでしょうか?もちろん遺伝的な要因も一つかもしれませんが、それがすべてではありません。
本当の理由は、口腔機能が最後までしっかりとしていたから、ということです。口周りの機能が維持できていることと、元気で長生きできることは大きくリンクしています。私たちも長生きして、ピンピンコロリでいきたいですよね。
であれば、早い段階でこの口の機能が衰えないようにトレーニングできれば、と考えるのは自然です。
口腔機能の大切さと鍛え方
そこで、今回はお金もかからず、簡単にできる「3つの口腔機能を整える具体的な方法」をお伝えします。健康で長生きしたい人は、どうぞ最後までお読みください。
- 前半では、子供のころからの口の機能を育てる大切さをお伝えします。
今この文章を読んでいる大人のあなたも、なぜ口を鍛え続ける必要があるのかを解説します。鍛えないとどうなるのかについてもお話しします。 - 後半では、実際の口周りの機能の鍛え方についてお伝えします。
誰にでもできて効果の高い3つのトレーニング方法です。
実は、口の鍛え方は多くの書籍や文献で紹介されています。私もいろいろと勉強して試してみましたが、器具を使ったり、面倒で長続きしないものが多いのです。今回は、それらを簡単に、誰でも何も使わずにできるように、3つに厳選してお伝えします。
どこでもいつでも簡単にできて効果的な口周りの機能の整え方を具体的に覚えていただきたいです。きんさんとぎんさんのように、生涯にわたって健康でお元気な状態を維持し、ピンピンコロリを目指していただければと思います。
データが示す長生きする人の必要条件
衰えるのは口が先
口周りの機能とは、食べることだけでなく、息を吸うこと、飲み込むことなどです。これらは日常で皆無意識に当たり前に行っています。健康で生きていくうえで、一番重要なのです。
実際、口の老化と寿命との相関に関して、国は多くのデータを出しています。中でも最近のものでは、日本経済新聞でも取り上げられました。東京大学の高齢社会総合研究機構が2012年から始めた2000人を対象とした大規模調査報告があります。
口の機能を調べる項目は7項目ほどあります。そのうちの3項目以上に問題がある人は、そうでない人に比べて死亡率が2倍以上高いです。
2倍以上って大きくないですか?もっと簡単に言うと、口が衰えるのが速い人ほど早く亡くなります。がんなどの病気でもないのに、驚かれる方も多いでしょう。
口の機能の衰えからフレイルが起こる
私の診療所でも、開業して30年以上、さまざまな患者さんの口と体の老け具合、ボケ具合を経験させていただいてきました。このデータは納得できるものです。
例えば、最初はご夫妻が一緒に通われていることが多いです。
やがて歳をとると、大体ご主人から足がおぼつかなくなり、言葉数も少なくなってきます。
やがて、ろれつが回りにくくなり、そのあたりから付き添いの方と一緒にお越しになるようになります。ついにお一人ではお越しになれなくなる、というパターンがとても多いのです。
そしてまもなくご自宅での介護も始まり、その後2〜3年後にお亡くなりになったという連絡をご家族からいただくこともよくあります。
オーラルフレイルとフレイル
口の機能が衰えてくる現象のことを「オーラルフレイル」と言います。それとリンクして体全体の手や足などが弱っていく虚弱な現象を「フレイル」と呼びます。つまり、オーラルフレイルから始まって、フレイルが追いかけるようにやってくるというわけです。
体全体が弱ってくる前に、口の弱ってくる兆候が先に出てくるということですね。なので、オーラルフレイルかどうかを調べることで、100歳時代に向けてのフレイル予防に役立てようということが重要となってきました。自治体でも口の機能を調べる健診が最近登場してきたのはそのためです。
口呼吸でなく鼻呼吸が口腔機能低下予防に有利
口呼吸だと「口ぽかん」の子供になる
では、口の機能がしっかりしているとはどういうことでしょうか。
口呼吸ではなく、鼻呼吸で、歯列もゆったりとした大きさです。結果、歯並びも良く、噛む筋肉や舌を動かす筋肉、嚥下する際の筋肉すべてがしっかりしています。さらに舌足らずでなく滑舌が良いのです。
生まれた後の子供の口の機能がうまく育たないと、「口ぽかん」の子供になります。
そうなると、歯並びも悪くなり、食べ方が遅く、食べこぼしも出て、きれいな食べ方ができなくなります。舌足らずで発音、滑舌が悪くなり、口呼吸で免疫力の低い風邪をひきやすい虚弱体質にもなります。
子供のころの悪循環が大人になっても続く
口の機能ができていない子供がやがて歳をとれば、高齢になったときに今度はむせやすく誤嚥性肺炎や、噛み合わせが悪いために脳血流量が減り、ボケの原因にもなります。
つまり、口の機能ができていない子供のころからの負の連鎖が一生その人につきまとって続くことになるわけです。
そもそも、なぜなるべく長い間母乳で育てた方がよいのか?それは、「口ぽかん」の口呼吸の子供になるのを防げるからなんです。
口腔機能発達不全症という、聞きなれない病名ですが、最近健康保険でできた病名です。
母乳の意義は大きい
人が生まれたら、まず母乳を飲みます。まだ歯がない時期から赤ちゃんは舌と唇を使います。いわゆる吸啜運動を行います。顎を前後に動かし舌で母乳をしごきます。
こうして唇と舌の訓練ができます。やがて口腔機能を支える筋肉ができます。良好な口の土台ができます。
しかし、早く母乳が出なくなったり、母親の都合で哺乳瓶ばかりにすると、口のトレーニングができません。今は共働きが多く、1年以上の母乳育児が難しいです。理想的には2〜3歳まで母乳で育てるべきです。
この時期にトレーニング不足だと、子供の口は締まりがなくなります。ぽかんと半開きの口になります。だらしない口で大きくなります。
母乳がだめなら哺乳瓶の工夫が必要
もし母乳が出ない、仕事で無理、などの理由で哺乳瓶を使う必要があるときには、お母さんが実際に哺乳瓶の先を自分で吸って確かめてみてからにしてほしいのです。
吸ってすぐに出すぎてしまうものは避けてください。何社か確かめてみて、あえて出にくい哺乳瓶の形のものを選んであげる必要があります。
すぐに出て飲み込めるタイプのものは、赤ちゃんの口を作るトレーニングができないのでダメなんです。
要するに、人の口を作る作業は生まれた瞬間からすでに始まっているわけです。
母乳で育てると歯並びに有利になり口腔機能低下予防に有効
これは私の息子の20歳の時の口腔内写真です。
もう成人していますが、歯列にはゆとりがあり、鼻呼吸で口腔機能もしっかりとできています。実は母親は歯科衛生士でした。
母乳でしっかり育てないと口ができないという文献を読んで、事実を知っていました。2〜3歳くらいまでは頑張って長い間母乳で育てていました。
こちらは姉の子供ですが、やはり母乳で長く育てられた息子の30歳の口腔内写真です。
両者に共通しているのは、歯列のアーチがゆとりをもって出来上がっている点です。乳幼児期の吸啜運動は、口を育てる土台作りに大きな影響を与える重要な時期です。
乳幼児期からの吸啜運動で口ぽかんの子供を防ぐ
実は普段からぽかんとした口で口呼吸のお子さんたちが最近増えています。
やわらかいものばかり食べるからと言われていますが、そうではなく乳幼児期からの吸啜運動不足が原因かもしれません。実際、東大の口腔外科教室講師だった西原克成先生は、そのことについて多くの著書を出しています。
「赤ちゃんはいつ人間になるのか」という本や、「赤ちゃんの生命のきまり」という著書で書かれています。それによると、ヒトの赤ちゃんは1歳までは動物と同じく鼻呼吸しかできません。生まれてから1歳近くまでの赤ちゃんは、実は鼻呼吸しかできませんでした。
やがて1歳前後にハイハイから立ち上がった赤ちゃんは、鼻呼吸と口呼吸をできるようになります。
口呼吸が優勢になると鼻腔の働きが鈍くなります。
その結果、鼻・口の扁桃の免疫活動が働かず、全身自己免疫疾患が起こりやすくなります。これは西原先生の研究論文に書かれています。すぐに風邪をひきやすいとか、集中力がないとかも、「口ぽかん」の子供に起きるさまざまな弊害です。
各種感染症にかかりやすくなる口呼吸の弊害
なぜ口呼吸だといけないのか
口の締まりが悪くなると、当然口はいつも半開き状態で口呼吸が増えます。そうなると、鼻のフィルターを使えずに、口で息を吸うことになるので、外気がダイレクトに喉や肺に取り込まれることが常態化してきます。
その結果、鼻呼吸の人に比べて、ウイルス感染もしやすくなり、風邪や鼻炎になりやすい、いわゆる免疫力の低い体質となります。
鼻粘膜は自然の高性能フィルター
鼻粘膜細胞は繊毛細胞、基底細胞、杯細胞などでできています。
鼻の粘膜は多列線毛上皮でできており、粘膜固有層にある鼻腺(nasal gland)は粘液腺が多く、粘膜表皮は粘液の薄層で覆われています。侵入してきたバクテリアを粘液に張り付けて線毛運動によって後方へ運び、外へ排出するという高性能フィルターの役割を担ってくれているのです。
つまり、鼻を通して息を吸うということは、空中のバクテリアを99%除去すると謳っている市販の高性能空気清浄機と同じ作用、あるいはそれ以上かもしれない高性能の自分の鼻フィルターが除去してくれていることになります。
ところが、口呼吸の人は、もともと持っているこの素晴らしい自分の体にある機能をほとんど使えていないことになるわけです。
鼻呼吸ならコロナ感染しにくくなる
ここ、感染予防についてとても大切なところですので、さらに掘り下げて具体的に説明します。
インフルエンザウイルスでもコロナウイルスでもいいのですが、たとえば同じ空間の中にわかりやすく考えるために仮に100個のウイルスがいたとします。
もしその空気をあなたが吸った場合、口呼吸なら無意識に100個全部を口から吸い込みます。
すると、その100個のうちのほとんどがダイレクトに喉と肺に到達します。そうなると、もともと免疫抵抗性の弱い肺はひとたまりもありません。
ところが、あなたが鼻呼吸なら、鼻フィルターをいったん通るために、そこで100個いるウイルスのうちかなりの数を鼻粘膜が捕まえてくれます。
捕らえられたウイルスは鼻汁とともに排出されていきますので、結果的に無防備な肺まで到達することのできるウイルスはかなり少ない数となり、問題になりにくいわけです。
同じ空間にいて、ワクチンを3回打っていて、同じ性能のマスクもつけていたとしても、コロナ感染症に何度も罹患する人、たまにいますよね。
それは、その人の無意識の日常での呼吸の仕方が鼻呼吸か口呼吸かの違いに、かなり関係している可能性が高いのです。
口呼吸だとマスクも汚れやすい
人と同じ予防対策をしているにもかかわらず、何度もコロナにかかってしまう人は、無意識に口呼吸の習慣になっていないか、ぜひ注意してみてください。
たとえば、マスクがすぐに汚れるとか、マスクをしている自分の息がすぐに匂うと感じる人のほとんどは、口呼吸です。吸って吐く息がともに口からとなるために、マスクの内面を湿気で汚しやすくしていることから起きる現象だということも忘れないでください。
もう一度言いますが、マスクの下の口元が、いつのまにか半開きの口呼吸になっていないか、しっかりと口を閉じているか、今一度常に注意することが大切です。
なお、鼻炎や花粉症なので鼻の通りが悪い方は、耳鼻科の先生に相談されることをおすすめします。市販の鼻うがいキットを毎日使ったり、寝る時に口に貼る口呼吸防止用の粘着テープ、鼻腔の根元を広げる粘着テープなどは鼻呼吸を助けるためにも役立ちます。
とにかく、鼻呼吸できる習慣を作るように最大限の努力をしてみてください。
口腔機能低下予防のために嚥下機能を鍛える意味
口腔機能低下症予防のために嚥下機能を鍛える
さて、次になぜ嚥下機能を鍛える必要があるのか?それは、むせやすい大人が歳をとると、「口腔機能低下症」になってしまうのを防ぐためです。
歳をとると、「ごっくん」と飲み込む嚥下機能が衰えてきます。その結果、誤嚥が増えてむせやすくなり、誤嚥性肺炎の原因につながります。
うまく飲み込めないので、硬いものを避けます。その結果、偏食しがちになり、栄養バランスも悪くなります。体全体の機能が落ちていくフレイルになります。
口のフレイルが起こると、その人は4年後に全身のフレイルになるリスクが2倍以上増えます。要介護になるリスクも2倍以上増えるというデータがあります。
口を動かす機能が減ると、脳への血流と刺激が不足しがちです。その結果、認知症にもつながります。
現代人の生活環境は顎にストレスのかかる姿勢が多い
なお、ご高齢の方に限らず、下を向いてスマホを見る若者も多いですよね。このように、下を向くことが多い作業の人は、上の顎に下の顎が近づきやすい環境が自然とできます。
つまり、現代人は無意識に歯と歯が接しやすい環境に身を置いています。
特定の歯の無意識下での接触をTCHと言います。これが咀嚼筋の潜在的な緊張につながります。その結果、夜間の歯ぎしり、食いしばり、顎の痛みを誘発する原因にもなります。多くの研究者がそう言っています。
このように、口を取り巻く環境の改善は、すべての世代で必要な運動です。乳幼児から社会人、高齢者まで、皆に必要です。
次にお伝えする3つの方法で、口周りの機能をストレッチして鍛えましょう。そうすることで、あなたの人生をいつまでもベストコンディションで維持し続けていきましょう。
口の機能を整え口腔機能低下予防のための3つのトレーニング方法
口腔機能不全症、口腔機能低下症に対して行うトレーニングはいろいろな方がさまざまな方法を提示されています。私もいろいろと試してみましたが、毎日気楽にどこでも簡単にできる方法でなければ長続きしません。
そこで、今回はそれらすべてを大きくまとめて3つにしました。
口の効果的な鍛え方は大きく分けて3つの方法に分類されます。
- のどのトレーニング
- 正しい呼吸法
- 舌・頬筋・唇を含めた口腔周囲筋の強化法
一つ一つやっていきますので、実際に皆さんもやってみてください。
① のどの訓練で低位舌と嚥下機能改善を行いましょう
この訓練は、「ごくり」と飲み込むときに使う、喉頭挙上筋群を強化するものです。
この体操は、気づいた場所で何回でもできます。上を向いていただき、「ごくり」と唾を空飲み込みしてください。
慣れてきたら、歯と歯をつけて噛んだ状態で同様に「ごくり」と空嚥下してみてください。もっと難しいです。
首筋もスーッと引き締められる効果があります。
始めてから6週間くらい毎日やると効果が出てきますので、持続的に頑張ってください。
② 深い呼吸に整えましょう
息を吸う際に、肋間筋が開かないと胸郭が開かないため、その柔軟性が必要とされますので、それを同時に鍛えます。
シルベスター法の改良法です。
まず、腕を組んで上げながら口を閉じて鼻呼吸で腹式呼吸で息を吸います。腕を下ろしながら息を鼻で吐くということを5回くらい繰り返します。
③ 口腔機能低下症予防のための口腔周囲筋のトレーニングをしましょう
舌を前に思いっきり出した状態で、開口したまま最大開口で10秒保持します。その後、中に引っ込めて繰り返しを行います。
この「アッカンベー」の体操、車内でしていたら、信号待ちで隣の車の人に変な目で見られました。できれば、誰もいないシャワーやお風呂のときが、気兼ねなくていいと思います。
- 次に、舌小帯を引っ張り、舌根部を上げます。
- 舌根部に舌先を押し当てて、舌の筋肉のこりをほぐします。
- その後、舌先を使って大きく時計回り、反時計回りに動かします。
- 左右の頬に片方ずつ空気を入れて膨らますバブルエクササイズを行います。
- 次に、下唇、上唇を膨らませるモンキーエクササイズを行います。
- 最後に「パ・タ・カ・ラ」を息を吸ってから、吐き切るまでなるべく早く発音します。
- 始めに「パ」からスタート、吐き切った後に「タ」を続けます。同様に「カ」と「ラ」を発音します。
- 「パ」は唇を使って破裂音を出すときに筋肉を使います。
- 「タ」は舌の先端を上口蓋に押し付けて破裂させます。
- 「カ」は咽頭と舌の筋肉のエクササイズとなります。
他に「あいうべ体操」という口腔周囲筋を鍛える体操もありますので参考にして下さい。
また、当院では歯科情報を様々に発信していますのでぜひご覧下さい。
歯の治療は、一般的な内科治療などと少し違いがあります。それは「同じ箇所の治療でも、やり方がたくさんある」ということ。例えば、1つの虫歯を治すだけでも「治療方法」「使う材料」「制作方法」がたくさんあります。選択を誤ると、思わぬ苦労や想像していなかった悩みを抱えてしまうことも、少なくありません。
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